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イースターの日の閑散ぶりが嘘のように、
賑わいを取り戻したナポリの街へ繰り出しました。
前日は丸一日をカプリ島で過ごしたので、
ナポリはまだ港しか見ていません。
イタリア滞在最終日でもあるこの日、
午前中だけガイドさんつきの半日観光に
参加することになっていました。
集合場所は、前日にカプリ島へのフェリーに
乗った港の目の前にそびえ立つヌォーヴォー城。

私たちの他に、もうひと組の夫婦が参加していました。
ガイドしてくれるのは、
私たちより若干若い感じの女性です。
親しみやすい笑顔が印象的でした。
ナポリのシンボルといわれるヌォーヴォー城から出発し、
王宮と国立図書館の外観を見学しました。
その後、ウンベルト1世のガレリアを見ました。
ガラス張りのアーチ状になっていて天井が美しい建物です。
ウンベルト1世は、ローマに大きな記念聖堂があった
ヴィットリオ・エマヌエーレ2世の息子で、
第2代のフランス国王だった人です。
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足元には大理石のタイルで美しい
12星座の模様などが描かれていました。
隣には、サン・カルロ劇場の立派な建物が見えました。
ここはイタリアの3大歌劇場のひとつです。
このような劇場でオペラを鑑賞するのも、
きっと素晴らしい体験でしょう。
最初に見た王宮をぐるりとまわる形で反対側に出たところが、
プレビシート広場でした。こちら側から見る方が、
王宮の広さを感じることができました。
これはブルボン王家のために建てられた王宮で、
広場に面した側にずらりと代々の
ナポリ王国の王様の像が並んでいました。
隣接している建物は、
現在観光庁の庁舎としても利用されていると聞きました。
王宮の向かい側に、広場をはさむ位置で建っているのは、
サンフランチェスコ・ディ・パラオ教会です。
どこかで見たようなと思っていると、
パンテオンに似せて造られたのだと
ガイドさんが教えてくれました。
なるほどです。このあたり一帯の歴史地区は、
世界遺産にも登録されている貴重なエリアでした。
13世紀から16世紀前半にかけてナポリ王国が繁栄していた時代、
その後スペインの統治下におかれた17世紀頃、
ブルボン王家に支配された18世紀から
後にイタリアへ併合されるまで、
ナポリで紡がれてきた歴史を
今も色濃く残して人々を魅了しています。
王宮を右手、教会を左手に見る向きで広場に立って見上げると、
ずっと向こうの丘の上にお城が建っているのが見えます。
ヴォーメロの丘、サンテルモ城。
この後「ナポリを見てから死ね」
と謳われた絶景を眺めに行くスポットです。
先ほどのガレリアの裏側から、
「フニコラーレ」というケーブルカーに乗りました。
車内ではガイドさんとおしゃべりを楽しみました。
ナポリでおすすめのレストランなどを教えてくれ、
日本にも何度も来たことがあると話をしてくれました。
フニコラーレを降りてから、住宅街の坂道をしばらく歩きます。
意外と険しい坂道でしたが、建っている住宅は、
下町で見る建物とは雰囲気が違っていました。
どこの国でも見晴らしの良いところには、
高級住宅が建つようです。
そこから少し歩いて、ようやくサンテルモ城に着きました。
上から見るとこのお城は6つの尖った先を持つ星型をしています。
地下には刑務所があるとのことでした。
さっそくエレベーターでテラスに上がってみます。
ナポリ湾からの海風が吹き上げてくる
丘の上のお城から見下ろしたナポリの街。
すばらしい眺めです。あいにく、海に向かって左斜め前方は霞んでいて、
そこに見えるはずというベスヴィオ火山の
姿を望むことはできませんでした。
それでも、かのゲーテが「この世の楽園である」と
讃えたナポリの街の眺望を存分に
堪能することのできるひとときでした。
再びフニコラーレで街まで降りて、
ナポリの下町である「スカッパ・ナポリ」をそぞろ歩きしました。
細い路地を見上げると洗濯物がはためいていたり、
かごがぶら下がっていたりします。
窓からひもで吊るしたかごを下ろして品物を入れてもらったり、
お金の受け渡しをしたりするという、
このあたりの人々の面白い買い物方法も教えてくれました。
小さな鮮魚市の前を通りかかって、
「ここはナポリの築地よ」とガイドさんが笑っていました。
ガイドさんが日本語やアジアの文化などを学んだ大学も見ました。
ジェス・ヌォーヴォ教会、サン・ドメニコ・マッジョーレ広場などの
見どころも案内してくれて、
あっという間に半日の観光ツアーが終了しました。
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